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音楽朗読劇「最後の一枚の絵」 -感想リポ
2010-12-21 Tue 13:02
え~、ようやくリポに入ります。
音楽朗読劇「最後の一枚の絵」

自分は、16日夜公演と19日昼の公演、2回とも見ました。

ワンマン新潟or札幌を強行するのとどっちがよかったか。
まぁ、今となっては何とも言い難い選択でしたが、、、。

それでは、続きから行きます。

細かい部分はあんまし記憶してないんで、、、あらすじはかな~り大雑把です。
構成も、実際の脚本とはちょっと前後してるかもしれませんが、大目にみてください。

               ***

IMG_101221_02s.jpg IMG_101221_01s.jpg Cast:
緩和医療医・秋野 / 患者・鬼木虎太郎 ... 市川 右近
レジデント・黒田 / 患者・菅野リリー ... 紫吹 淳
歌い人 ... 三浦 大知

Player: Piano, Violin, Guitar

上演時間: 1時間半

               ***

<全体の構成と劇あらすじ>

Opening曲
三浦大知「Lullaby」 (作詞: MOMO"mocha"N. / 作曲: U-Key zone)

~第一場~
緩和医療医としてホスピスで、人生末期を迎える患者の治療にあたる40歳の男性医師・秋野(市川)。ベテランの緩和医療医である。
そして彼が担当する患者、白血病によりわずかな余命を宣告されている32歳の女性ダンサー菅野(紫吹)は、秋野が1,000番目に担当する患者であった。

いっぽう同じホスピスで働く30歳の女性医師・黒田(紫吹・2役)は、医者である意義や自信、目的を見失っている若き女医。恩師に進められるがままに、ホスピス勤務を始めたばかり、、という設定。
ところが彼女の担当することになった患者は、45歳の元やくざ・鬼木(市川・2役)。刑務所に服役していた鬼木は、膵臓癌がみつかりホスピスに移ってきたのだった。

若き女医・黒田は、元やくざである鬼木を怖いと思う。そして患者である鬼木も無口で、二人はなかなか意思の疎通を図ることが出来ない。
あるとき、耐えきれない病気の痛みに思わず「痛い、助けてくれ先生!」と叫ぶ鬼木。
しかし黒田は、驚きと恐怖のあまり動揺して立場を忘れ、その場から逃げだしてしまう。

挿入曲
三浦大知「言葉にできない」 (作詞/作曲: 小田和正)

~第二場~

病気のため身体を動かせないはずの菅野。だが彼女は、「なんとかもう一度踊りたい」という願いで、必死に身体を動かそうとする。
患者に対して嘘のつけない秋野は、はっきりと「もう一度踊るのは無理」と彼女に告げるのだが、彼女はその努力を、どうしても止めようとはしない。
痛みを緩和するよりも、彼女の気持ちを優先し好きにさせてあげようとする秋野。

鬼木の病室を訪れ、彼の剣幕を予想しつつおびえながらも先日の態度を謝罪する黒田。
「先生が謝ることやない」
と謝罪を受け入れない鬼木との間には、しかし、まだ意思の疎通をはかれない黒田女医。

「いったいどうやって患者に接すればいいのだろう?」
思い余って、先輩医師・秋野に相談する黒田。
そして、999人の患者をみとってきたベテラン医師の秋野は、自身が、どんなきっかけて緩和医療の道をこころざすようになったのかを黒田に話し始める。
ある末期患者に対して、充分な手を尽くすことができず、後で悔いばかりが残る最期を迎えさせてしまったという、その経験を、、、。

患者にとって何がベストなのか。それは、その患者さんによってすべて異なる。
どれが正解、という方法があるわけでは決してない。

秋野の話をきき、落ち着いたらしき黒田

、、BGMは、ギターの陽気なリフから、楽しげな音楽に

(いささか唐突だが)
ホスピスでは、入院中の患者を慰めるために、音楽会を開催したりするのです、、
という黒田の紹介から、歌のコーナーへ

挿入曲
三浦大知「明日があるさ」(作詞: 青島幸男/ 作曲: 中村八大)

~第三場~

黒田の担当患者・鬼木は、あるとき黒田に、これから訪れる死への恐怖を語り始める
これまで何人もの人を手にかけてきた犯罪者である鬼木が、自分の死におびえている、、その姿に驚いた黒田は、鬼木への見方が徐々に変わってゆくことを自覚する。
子供の頃は絵を描くのが得意だったという鬼木は、ベッドの上で絵を描くようになる。
そんな鬼木の病室を訪れ、彼のスケッチする姿を見守りつつ、心を交わすようになる黒田。

「ようやく満足のゆく絵が描けた」と、黒田に絵を見せる鬼木。
それは、柔和な笑顔で微笑む地蔵尊を描いた1枚の絵だった。
それまで足繁く鬼木の病室を訪れていた黒田だったが、そんな彼女に「もう自分のところにずっといてくれなくてもいい。他の患者のところにも」という鬼木。
彼の容体は、次第に悪化していった。

いっぽう両親の墓参りにゆきたいという、女性患者の菅野。
余命の時期が近付いてきている彼女に、無理をさせたくないと思いつつ、彼女の医師を尊重しお墓まで同行する秋野。
菅野は、ダンサーになるという夢をかなえたが、10歳のときに亡くした両親の前では踊ることができなかった。
両親の前で踊りたい、、というのが、彼女の最後の願いだったのだ。
すでに身体は動けないはずの菅野、だが奇跡的に、両親の墓の前で立ち上がり、踊ってみせることのできた彼女。
それから3日後に、息をひきとる。

そして、黒田医師が担当していた元・やくざの鬼木も、、、。

 ~第3場内の挿入曲:
  「アヴェ・マリア (作曲: J.S.バッハ/ グノー)


挿入曲
三浦大知「この道」 (作詞: 北原白秋/ 作曲: 山田耕筰)

               ***

<演劇の感想>
劇全体は、シンプルでわかりやすいストーリィ仕立て。
「生と死を考える」というメッセージも、とても伝わりやすい形で示されていたと思う。

ただ、、敢えていうならば、ドラマティックな脚色が強すぎるというのか、
現実に人生を経て、さまざまな生や死の体験をめにしてきた、我々中高年層の世代からみると、、
いささかリアリティの面で「おはなし」っぽさを感じずにはいれないという印象ではあった。
、、ま、私の見方がシニカル過ぎるのかもしれませんが。

しかし、
幸運にも、まだ身内の家族を亡くした経験の浅いような、若い世代の人々には
とてもアピールする内容なのじゃないかと思った。

              ***

<歌の感想>
「Lullaby」
... ピアノのイントロ(オリジナル版とは少し違うアレンジ)から、ギター、ヴァイオリンを加えての、アコースティック・アレンジによる Lullaby。
このときは、力の入りすぎてない感じの、ソフトな唄い方。
アコースティックな伴奏の響きと、少し抑えめだが朗々と響きわたる大知の声。

その余りの美しさにおののくとともに、まじで体温がが~っと上昇したので、我ながらビビりました。

ステージ上の、額縁に入ったデザインモニターには、渋谷駅近辺など、都会の雑踏をイメージした写真がスライド投影され、、
MVとはまた異なる印象の、しかし歌によく似あった映像だったと感じられました。

都会の雑踏、、、疲弊する心。
そしてそれを癒してくれる、穏やかな子守唄。

これまで聴いたなかで、もっとも”子守唄”らしい Lullabyだったと思う。

このオープニング曲は、各アーティストが、自身の持ち歌のバラードを唄うコーナーだったらしい。


「言葉にできない」
... 情報ソースを忘れたんだけど、小田和正さんのこの曲が使われることは、どこかのサイトに書いてあったような気がする。

う~ん、この曲は。
とにかく、小田さんの楽曲の完成度が余りにも高いので、同じアプローチでは勝てないんだね。
しかし、かといって小田さんの真似にならぬよう、別のアプローチを試みようとすると、、、ますます小田さんの完璧な歌とのギャップが拡がる一方、、という。
かなりハードル高いカバーだったと思う。

大知くんも、この曲に関しては、
どれだけ自分に引き寄せて、自分のものにできるかは、、少なからず考えるところあったんじゃないかな?

うん。かなり頑張っていたと思う!
とくに16日の公演では、地声でハイトーンに挑戦する部分もあったりして、
その辺りは、、、ま相当ヤバかったですね。

なんてね。 割とクールにそんなこと書いてる私だけど、
この曲も、1声め聴いた瞬間に、体温40℃くらいまで一気にあがった気がする。
(「Possibility」の歌詞みたいだけど、マジそう思った、、、)

なんか、心拍が妙にあがってるしねぇ、、、
この公演の三浦大知は、半端なかった!


そして。この曲が選ばれた理由の1つは、、、オリジナルの歌詞にあったのだろう。

本当はこの曲、美しく唄われる割には、全体的には恋愛、しかも失恋がテーマの歌詞だったりするんだけど、

 あなたに会えて ほんとうによかった
 嬉しくて嬉しくて 言葉にできない

という個所が、、とにかく心に残るんだよね。

この歌が唄われるときは、ステージ上のモニターに、美しい自然を主体とした写真などがスライド投影されていた。


「明日があるさ」
... これ、ウルフルズがCMか何かでカバーしてたんだっけ?


「この道」
... 童謡というよりは、歌曲。とても難しい歌。
クラシカルな曲なので、演歌歌手がこぶしを廻したりして唄うとすごく変なことになる歌。
すごく、どストレートに唄わないといけない歌なのだけれど、、

大知くん、かなりまっすぐに、どストレートに唄ってくれました。
こんな唄い方も、出来るんですね~

フェイクを加えずに、どまっすぐに唄うのって、、
なかなか大変だと思うんです。

でも、この曲は、そういう唄い方をしなければ旋律の美しさがひきたたない歌なので、、

たとえば、普段はクラシックしか聴かないというような人がいたとしても、
このときの大知くんのこの歌を聴いたならば、
三浦大知が、ジャンルを超えた本物の歌手であることを、きっと納得できた筈。

そんな三浦大知のファンであることが、たまらなく誇らしくて、
世界中の人々に、この歌を聴いてほしい
と思った、至福のひとときでした。

               ***

<おまけ:2日間の公演を観て、、、>
冒頭で書いたように、自分は16日・19日の二日間の公演を観覧したわけですが、

19日公演。
、、正直いって、16日公演より、ちょっとイマイチな内容でした。

まず。
大知くんの声が、あまり響いてなかった。

ただしこれは、恐らく後の日程(イクスピアリ・ミニライブ)のことも考え、かなり声をセーブしていたように見受けられました。
実際、、後の曲に行くにつれて、だんだんノリノリで声が響くようになってきたというww

そして、、演奏家さん達。
とくにピアニストの調子が悪かったのか、、ヴァイオリニストやギタリストとのコンビネーションが、余り上手く行ってないと言うか、
まぁ、単純に、会ってなかった個所があったというか。
さらに、クライマックスのシーンで流れる「アヴェ・マリア」の伴奏をミスタッチ。これはけっこう目立った。

そして、、なんと俳優さんたちまで!
市川さんも、紫吹さんも、朗読劇ってことで脚本を手にしているのにもかかわらず、、
あっちもこっちもセリフ噛みまくり。

、、なんだか皆、様子がおかしいぞ??
的なノリの19日公演なのでした(^ ^;)

こっちしか観てない方は、それでも充分に感動されてたようですが、
実は
16日公演の方が、
遥かに素晴らしい内容だったのですよね、、、


う~ん、、、。
まぁ、何日も続く公演って、いろんな出来事があるもんですね!
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